日本のプライベート・キャピタル市場で高まる人材獲得競争
プライベートエクイティ

日本のプライベート・キャピタル市場で高まる人材獲得競争

日本は長年、アジア有数の安定した成熟市場とみなされてきました。現在、プライベート・エクイティ業界への受容性の高まりが投資環境を大きく変えつつあり、競争優位の鍵は資本ではなく人材へと移っています。
October 15, 2026

ハイドリック&ストラグルズ(Heidrick & Struggles)の『2025年アジア太平洋・中東プライベート・キャピタル投資プロフェッショナル報酬調査』によると、アジア太平洋地域および中東のプライベート・キャピタル市場は、2026年に向けて力強い成長が見込まれています。この見通しを支えているのは、底堅い経済環境、拡大する投資案件のパイプライン、そして分散投資を志向する投資家からの関心の高まりです。

主要な機関投資家(リミテッド・パートナー(LP))は、実績あるリターンを上げてきたファンドを優先する傾向を強めており、これは既に確固たる地位を築いている運用会社にとって追い風となる一方、運用実績の浅い中堅プレイヤーにとっては資金調達(ファンド・レイズ)をより難しくしています。それでも、地域全体の投資活動は引き続き活発で、特にインドや日本でその動きが目立つほか、中国市場への関心も再び高まりつつあります。加えて、流動性への圧力が続くなか、セカンダリー市場も拡大を続けています。市場センチメントは全体として改善しており、今後は特にテクノロジー、ヘルスケア、消費関連分野を中心に、投資家の信頼感の回復と案件活動のさらなる活発化が期待されています。

こうしたアジア地域全体のモメンタムのなかでも、日本は特に魅力的な市場として存在感を高めており、案件活動も非常に活発です。実際、あるベテランの市場関係者は日本について「過去20年以上のキャリアの中でも、これほど活況な市場は見たことがない」と表現しています。

日本は長年成熟した高度な経済を持つ市場として見られてきましたが、現在プライベート・エクイティ(PE)に対してより開かれた市場へと大きく変化しています。その変化を牽引しているのは、コーポレートガバナンス改革の進展、カーブアウトや事業売却案件の増加、そして企業が外部資本の活用により積極的になっていることです。市場としての規模や安定性に加え、構造的な変化が同時に進む日本は、いまやグローバル投資家と地域投資家の双方にとって、優先度の高い投資先となっています。

日本のプライベート・キャピタル市場における採用拡大と人材動向の変化

日本のプライベート・キャピタル市場の採用動向は、市場の急速な拡大と人材面での構造的な制約の双方が反映されており、特にトップクラスの人材にとってはキャリアアップの機会が大きく広がっています。過去24カ月間、新規参入する運用会社が相次いだことに加え、既存プレイヤーも引き続き事業を拡大しており、人材の採用需要は大幅に高まっています。各社は、増加するディールフローを着実に取り込み、良好な市場環境を生かすため、投資チームの積極的な拡充を進めています。

また、資金調達(ファンド・レイズ)を担う人材への需要も引き続き高まっています。日本のLP投資家の間でプライベート・アセットへの資産配分を拡大する動きが高まるなか、多くの運用会社は、国内投資家との関係を深め、拡大する資金需要を取り込むため、投資チームの強化に加えファンド・レイズや投資家対応の体制強化も進めています。

2023年以降、日本はアジア最大のPE市場となっています。一方で、市場規模そのものは依然として米国や欧州を下回っており、その結果人材獲得競争は市場規模に比べて非常に激しいものとなっています。特に市場のトップ層ではその傾向が顕著で、優れた実績を持つ候補者にはこれまでにないほど多くの関心が集まっています。実際、トップクラスの人材が同時に7件ものオファーを受けるケースもあるといいます。

こうした状況の大きな要因の一つが、経験豊富なプロフェッショナル層の人材プールが限られていることです。アジア太平洋地域および中東のプライベート・キャピタル人材全体では、15年以上の業界経験を持つ人材が24%を占める一方、PEでその深い経験を有する人材は11%にとどまります。日本では、市場が必ずしも一貫して成長してきたわけではないことからこのギャップがさらに顕著です。2000年代半ばに非常に活発な時期を迎えた後、10年以上にわたり市場活動は低迷しました。その後、2019年頃から再び活発化し、ここ数年でその勢いはさらに加速しています。

加えて、高い語学要件も人材供給の制約要因となっています。特にグローバル企業では、多くのポジションで日本語と英語の双方に対応できるバイリンガル人材が求められます。その結果、必要なスキルセットを備え、かつPE投資において長期にわたる継続的な実績を有する人材は相対的に限られています。

日本市場で競争力を高めるためには、優秀な人材の確保だけでなく、確固としたローカルプレゼンスを示すこともますます重要になっています。これは資金調達(ファンド・レイズ)活動においても同様で、日本国内に専任の人員を配置することの重要性が一段と高まっています。かつては香港やシンガポールなどの地域拠点から日本市場をカバーし、必要に応じて出張ベースで対応する「フライイン・フライアウト」型のモデルで日本をカバーする運用会社も見られました。

しかし現在では日本のLP投資家は、日本にオフィスを設立し、専任チームを構築し、必要な規制対応やライセンスを取得するなど日本市場への長期的なコミットメントを具体的に示すことをより重視する傾向にあります。

こうした変化を受け、日本国内での事業基盤への投資を増やす運用会社が増加しており、すでに競争の激しい人材市場において経験豊富なプロフェッショナルに対する需要をさらに押し上げています。

各社が優秀な人材の獲得・定着を競うなか、報酬水準も大きく上昇しています。加えて、為替動向も新たな要素として影響を及ぼしています。グローバルファームのなかには、米ドルなどの外貨建てで報酬を提示するケースもあり、円安環境下ではこうした報酬パッケージの魅力が相対的に高まっています。これらの要因が重なり、日本の人材市場の構図は大きく変化しています。高い実績を持つプロフェッショナルにとっては大きなキャリア機会が生まれる一方、急速に変化する日本市場で事業を展開する運用会社にとっては、優秀な人材の採用がこれまで以上に難しくなっています。

日本が牽引する次なる成長局面

2026年に向けた見通しは、アジア太平洋地域全体で引き続き力強く、約5%のGDP成長が予測されるなか、プライベート・キャピタル市場にとっても良好な事業環境が続くと見込まれています。しかし、より注目すべき動きは、投資機会が特定の市場にますます集中していることであり、その中でも日本が中心的な存在であるという点です。

日本では、継続的に活発なディール環境に加え、PEに対する受容度が高まっており、アジア地域内における日本市場の位置づけは大きく変化しています。かつては「安定しているものの、相対的にダイナミズムに欠ける市場」と見なされていた日本が、現在では資本投下や戦略的投資の重要な対象市場として注目を集めています。

その背景には、コーポレートガバナンス改革の継続的な進展があります。歴史的に、日本企業の多くは、情報開示の透明性やガバナンス慣行などを一因として、企業価値が相対的に低い評価にとどまる場面も少なくありませんでした。こうした基準が改善するにつれ、PEファームは企業変革の推進、オペレーショナル・パフォーマンスの向上、そして株主価値の創出においてこれまで以上に重要な役割を果たし得る立場にあります。

一方で、こうした市場機会には制約も伴います。日本市場の成長を牽引している要因そのものが、限られた経験豊富な人材をめぐる競争を一層激化させています。そのため、採用面での課題を克服し、優秀な人材を確保できるファームほど、市場の成長機会をより効果的に捉えることができると考えられます。

アジア太平洋・中東地域全体でも、投資家のセンチメントは引き続き非常にポジティブで、市場関係者の約4分の3が市場環境の改善を見込み、78%が報酬水準の上昇を予想しています。しかし、ここから読み取れる方向性は明確です。次の市場サイクルにおける成功を左右するのは、資本へのアクセス以上に、それを活用するための人材の獲得と組織体制をどこまで整えることができるかにあるでしょう。

こうした点を踏まえると、日本は単に地域全体のプライベート・キャピタル拡大の恩恵を受ける市場にとどまりません。むしろ、資本が「どこに」そして「どのように」投下されるのかを決めるうえで、その方向性を形作る存在になりつつあります。


執筆者

飯沼 綾(aiinuma@heidrick.com)はハイドリック&ストラグルズのパートナーで、金融プラクティスのメンバー。東京オフィスを拠点とする。

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