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インタビュー:アライアンス・バーンスタイン代表取締役社長 阪口 和子
阪口 和子(さかぐち・かずこ)は2018年12月にアライアンス・バーンスタイン株式会社代表取締役社長に就任。以前は、ステート・ストリート信託銀行株式会社において取締役クライアント・リレーションシップ本部長として、顧客サービスおよび営業全般を統括。2010年から2017年までは、HSBC投信株式会社にて機関投資家営業本部長を務めた。それ以前は、15年超にわたってラザード・ジャパン・アセット・マネジメント、シュローダー・インベストメント・マネジメント、チューリッヒ・スカダー・インベストメンツといったグローバルな資産運用会社において、機関投資家向け資産運用ビジネスの顧客サービス、営業、マーケティングに従事。1990年から1993年、オリックス株式会社に勤務。1990年茨城大学にて学士号取得。2020年6月より一般社団法人日本投資顧問業協会理事(現)。2024年1月より一般社団法人東京国際金融機構理事(現)。
日本の資産運用業界のリーダーシップに関するインタビューシリーズの第4回では、アライアンス・バーンスタイン株式会社(以下 AB)の代表取締役社長である阪口和子氏が、着任後の挑戦や苦労、プライベート・ウェルス市場に対する見解とABの戦略、また次世代リーダー育成に向けた取り組みについてご紹介します。
八反田 紗理(以下 八反田):日本の主要な資産運用会社では、女性の社長はまだ稀な存在かと思いますが、業界内でも数少ない女性リーダーとして、これまでにご苦労された点についてお話しいただけますか?
阪口 和子(以下 阪口):確かに、日本の資産運用会社で女性社長というのはまだ珍しいかもしれませんが、私にとって最も苦労したのは女性であるというよりも「外から来た人間」としての立場でした。
入社後はまず、社内文化を理解することに専念しました。信頼を得るために、10ヶ月間の厳しいコーチングを受け、社員からのフィードバックをもとに自分自身を進化させていくことを心掛けました。その中で学んだのは、「人を変えるのは簡単ではない。だからこそ、自分が受け入れられる存在であるよう努力することが大事」ということでした。徐々に私の意図が社員に伝わるようになり、少しずつ組織にも上向きな変化が見え始めたと感じています。
八反田:着任後の実績や成功体験についてお聞かせください。
阪口:着任後、私にとって最大の挑戦は、未経験だったリテール営業を担うことでした。前職ではミドル・バックオフィス業務のアウトソース経験があり、仕組み自体は理解していましたが、実務は初めてでした。それでも「業界で生き残るには、従来の枠を超えるしかない」という本社の後押しもあり、ABの優れた商品力を信じてチャレンジしました。
着任当初、優秀ながらもバラバラに動いていたリテール営業(RM)チームを束ねるところから始めました。まず、全員に「他社に絶対負けない商品は何か?」と尋ねたところ、答えは今の基幹商品である「米国成長株投信」で一致しました。それを軸に「米国株ならAB」という明確な方針を打ち出し、情報提供のスピードと質に徹底的にこだわりました。その結果、3年かからず目標の3兆円を達成し、市場シェア3%超えを実現しました。
特にコロナ禍では、お客様との直接の対話が難しい中でもウェビナーや資料作成を先回りして準備し、RMを増やさずにマーケティング人員を倍増させたことで、圧倒的なシェアを取ることができました。
八反田:現在トレンドとなっている「プライベート・ウェルス」についてはどのようにお考えですか?
阪口:プライベート・アセットやプライベート・ウェルスは、今後も投資先としての重要性が増していくと考えています。ただし、日本市場は規制や税制の面で米国と大きく異なるため、急速な市場拡大は見込みにくいのが現状です。真の意味で市場が形成されるのは、おそらく2年後以降になるのではと見ています。また、日本は世界で最もサービスレベルが高く、エラーや遅延が許されない厳しい環境であり、そのぶんコストも高くなります。このため、日本の市場に適応できなければ撤退せざるを得ないケースも出てくるでしょう。
八反田: 現在の資産運用業界において、女性リーダーを育成していくためには、どのような取り組みが必要だとお考えですか?
阪口:日本の資産運用業界において女性リーダーが育ちにくい背景には、業界特有の文化や構造が深く影響していると思います。日本の資産運用会社はグローバルとの競争意識が希薄で、特に独立系の運用会社は販売会社との関係に依存する傾向が強いため、組織として成長しづらい環境です。そのようなシングルナショナリティで成り立ってきた文化の中で、多様性が育ちにくい構造が根付いてしまっています。
ABでは、誰もが働きやすい環境づくりに注力しております。家庭を持つ社員が安心して働ける環境づくりを心掛けています。
その中で私は、全ての従業員が安心してチャレンジできる機会を提供することが非常に重要だと考えています。中には、失敗に対して恐怖心を抱くことがあり、挑戦する自信を持てない従業員もいます。そういう時は、私はその社員に対して「できると思うから一緒にやってみよう」と声をかけ、実際に寄り添いながら背中を押すようにしています。できたことを大いに褒め、自信につなげてもらうようにしています。そして、できるようになったら徐々にフェードアウトしていくというアプローチが、社員の能力を最大限に引き出す鍵だと考えています。時間をかけて、このような安定したサポートをすることが、次世代のリーダーの基盤を築くのです。
八反田:ABでは、リーダー育成や包摂性と帰属性の促進において、どのような取り組みをされているのでしょうか?
阪口:ABでは、リーダー育成において一国のみの経験では限界があるという認識のもと、多様な文化や価値観への理解を深めることを重視しています。米国本社のみでキャリアを積んだ人がマネジメントに就くことはなく、各地域の文化や事情に即した判断力を持つ人材こそがリーダーというのがABの考え方です。
八反田:これまでのキャリアの中で、育児と仕事をどのように両立されてきたのか、またリーダーとしてのご自身の働き方についてお聞かせください。
阪口:私は二児の母ですが、第二子を出産した際に夫が退職し、私と夫の両親も含めて家族総出で子育てを支えてくれました。家族の協力があったからこそ、仕事と育児の両立ができたと思っています。
また、以前の職場では、一人目の出産後には、育児に深い理解を持つ女性上司の支援も大きな力となりました。当時は育児休暇を取ること自体がやっとという時代でしたが、復職後も1年間の時短勤務を認めてくれ、日帰りで帰れる都内や横浜の顧客担当にしてくれるなど、柔軟な働き方を実現できました。その上司は「小さな組織だからこそ支え合いが必要」と言ってくれました。その言葉が心に残っていて、私も恩返しの意味を込めて、次世代のワーキングマザーを支えていきたいという強い思いを持っています。
八反田:最後に、次世代リーダーに向けて、アドバイスをいただけますか?
阪口:まずお伝えしたいのは、「自分にできることに集中し、120%の努力を重ねてほしい」ということです。努力の姿勢は必ず周囲に伝わり、やがてチャンスとなって返ってきます。そして、失敗を恐れず、自分ならできると信じて挑戦し続けることで、本来の力を爆発的に発揮できると感じています。その明確さと前進する勢いこそが、継続的な成功を推進していくと信じています。
インタビュアー:八反田 紗理(はったんだ さり)
ハイドリック・アンド・ストラグルズ合同会社(東京オフィス所属)の金融プラクティスのプリンシパルとして従事。主にアセットマネージメント、プライベートエクイティ/プライベートマーケット、保険セクターのシニアな人材に豊富な経験を持つ。